何故、反論されないのですか?
まずは、反論したいのに ”反論しないように心掛けてる” から不機嫌になってるのではないでしょうか。
ここでたまたまかもしれませんが、”心がざわつく”ではなく、きっちり分析と分類、できるだけ具体的に表現できる状態にした方が良いと思います。
抽象的広域的だと、自分自身も捉えられていない、ほぼオバケを追っかけてるようなものです。
不安定さが生じます。
私は以前理不尽の極みで(ちょっと大袈裟)叩かれた期間があります。
それでいなし方を身に着けました。
・・・これはお勧めしません。
指摘されて苛立つということは、完璧は目指していると考えます。
完璧を目指すなら、自分のミスに気が付くべきだし、次には起こさないようにすべきで、自分に欠点があるならカバーするように考えなければならないと思います。
また、自分に非がないなら原則説明した方が、組織全体の向上につながるように思います。
ただ、他人のミスでも自分に防ぐことのできる余地があったならそれも含めるべきです。
私は、悪口(と周囲が認識するようなこと)があっても、指摘してもらったと受け取るように、頭の中が既にそうなっています。
だから、感情を表に出さない以前に不機嫌になりません。
指摘なので、むしろ感謝の念です。
唯一違うのは、事実と異なることを前提とした場合だけです。
ここも腹を立てる前に訂正ということを優先します。
相手が納得するまでは、あまりやりません。
そこそこで切り上げ、そのうち誤解が解けてああそういえば‥となればいいなぁ程度です。
もしかすると、ae41fさんは私と反対の思考かもしれません。
ミスを指摘されたのを、悪口を言われたとか、何か上げ足を取られたとか蹴落とそうとされてるとかと考えてしまうような。
どう考えても、自分でその時には防げなかったとか気が付かなかったことを指摘してもらってる訳ですから、当時の自分に対する苛立ち以外はないと考えられるように思います。
ひたすら向上に対して意識を持っていれば、指摘されたなら早速改善策を考えるとか、分からなければそこまで教えてもらうとか、今ではなく過去でもなく、先を考えればなんとでもなるように思います。